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移民と売春婦に囲まれて過ごした日々
  〜ドミニカ共和国再訪記2003〜

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◆2日目 クラブ・デビュー 

朝、マリオのバイクにのって再びビーチへ。
ダイブスクールを案内してもらったが、オープンウォーター(初級)で
360ドルと高いのであきらめた。

それにしてもこの町は汚い。
ビーチは現地人用と外国人用にきれいに分かれている。
というか、ホテルのプライベートビーチが壁で覆われていて、
外から入れないようになっている。

同じ海岸なのに、外国人用ビーチとドミニカ人用ビーチでは雲泥の差。
法律上、すべての海岸はドミニカ人共有の財産として国民に
開放されているはずなのに、実際はいたるところでこういう
差がみられる。外国人に対する反感とかないんだろうか。

現地人向けのところは汚すぎて泳ぐ気がしない(っていったら
おおげさだが)。かといってホテルのプライベートビーチは高すぎて
入れない。仕方ないのでホテル「ハマカ」(HAMACA)という、
びっくりするくらい≪超≫高級ホテルと壁で仕切られた、すぐとなりにある
ビーチでイスを借りて日光浴をした。

隣のビーチからは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
途中、ゲストのようなふりをして壁を乗り越えてホテルのビーチに
侵入したが、すぐにガードマンに呼び止められた。
「ジュース買おうと思って」って適当にいいわけしたが、やっぱり
入れさせてもらえないらしい。

再び現地人のビーチに戻ってしばし昼寝。
たっぷり日に焼けてホテルに戻ったころにはもう3時を過ぎていた。
どうやら、この町には用はなさそうだ。
急いで身支度をして、北にある大西洋側の町ソスアに向かうことにした。

>>ドミニカのビーチは、外国人用とドミニカ人用に分かれている。

次の目的地であるソスア行きのバス停にたどり着いたときには、
すでに17時をまわっていた。向こうに到着したら、22時近くになる。
見知らぬところにそんな夜遅くに行くのはあまりよくないが、仕方がない。
(ドミニカ人は夜遅いみたいだし、まあいいっか。)

ソスアまでバスで4時間弱。快適といわれる長距離バス(CARIBE 
TOUR)はぜんぜん快適じゃない。というか長距離バスのくせに、
外国人がほとんど乗っていないのはどういうことだろう?

バスに揺られること4時間。 そろそろ到着の時間だ。
町の灯りが見えてきたのでドライバーに到着地を確認して、
バスを降りることにした。ここから町の中心まではタクシーで
5分くらいのはず。

今夜泊まるホテルがつぶれてなきゃいいけど・・・。
そんなことをのんきに考えていた。

ところが・・・。

車が走り出してから、
何かがおかしいことに気づいた。

いつまでたっても町らしいところは見えない。
運転手に確認すると、
「ここからソスアまでだったら、車で20分くらいはかかるよ」

そんなはずはない。
ガイドブックで相場は調べてある。こいつは人をだまして
お金を取ろうとしているんだろうか? 
下手くそなスペイン語で文句をいっても、話がうまくかみあわない。

20分・・・??

ひょっとして、ソスアという町は2つあるのだろうか。
そうこう議論しているうちに、自分の犯したとんでもない間違いに気づいた。

どうやら自分は一つ前の町プエルト・プラタで降りてしまったのだ!

これはどういうことだろう。
自分がスペイン語を聞き間違ったのだろうか。
たしかに降りる場所を確認したはずなのに・・・。
まさか運転手にウソをつかれた??

意味がわからないまま、とりあえずタクシーに乗って目的地ソスアを
目指すことにした。途中、自分が乗っているはずだったバスを
通り過ぎた。またしても「やられた〜」という敗北感におそわれた。

>>ドミニカ人は自分の得にならなくてもウソをつく。

夜はクラブへ繰り出すことにした。

ここドミニカでは「モトコンチョ」と呼ばれるバイクで移動するのが
一般的。バイクの後ろに2人乗りして、行き先を告げれば安い値段で
好きなところへ連れて行ってくれる。

「適当なクラブを知っているよ」というので、モトコンチョの
お兄さんにつれてってもらうことにしたのだが、5分とかいいつつ、
10分ぐらいバイクで高速をぶっとばしてプエルトプラタまで
半分くらい来た道を戻ってしまった。

しまった・・・。

すぐ近くだろうと思っていたので、値段交渉をしていなかった。
遠くへ行けばいくほど高い値段を請求される。
この男のいう「近い」にだまされてしまったのだ。

しかもさんざん遠くまでいきながらクラブはお休み(こいつはひょっと
して知っていたのか?)。ふたたび町まで戻り、結局ホテルから
歩いて 1分もしないところにあるクラブ「ラティーノ」(LATINO)へ。

クラブでは狭いフロアで、アメリカ人だか現地人だかよくわからないような
人たちが戯れている。あきらかに外国人とわかる金髪の女性たちには
肌の黒い現地人が首を伸ばすようにして、よだれをたらしていた。

5分とたたないうちに、自分も売春婦たちから鬼のような猛襲を受けた。
男もグルになって儲けることしか考えていないから大変。どうやら
この町の男たちは、観光客に売春婦を紹介することで金を取れるらしい。

その中でマリソル(MARISOL)という一人のドミニカ人売春婦に
出会った。最初は例にもれず猛攻撃を受けたが、今夜の収穫はなし、
と判断したのか、彼女とサルサを何曲か踊ることになった。
下手という以前のレベルでサルサはまったく知らないようだったが、
自分では踊れると思っているようだった。

結局踊りのうまい人は一人も見ることができなかった。

>>ドミニカのクラブは売春婦の温床となっている。
>>カリブ海を訪れる観光客の年齢層は高い。


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