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なんにもない!(EVERYTHING GONE)
 〜タイ・インド洋大津波の痕跡を訪ねる旅2005〜

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◆まえがき Prologue

「会社を辞めます」

そういい終わったあと、
心の中が急にからっぽになった気がした。
ちょうど子供のころに何ヶ月もかけて貯めた
お小遣いをいっぺんに使いきってしまったときのように、
空虚な衝動に襲われた。

別にタイに行きたいからじゃない。
今までやりたくてできなかったすべてのことをやるためだ。
そう思って、会社をやめる決心をした。

会社のためにすべてを犠牲にしてきたとは思わない。
でも、会社のために生きているだけで精一杯の毎日だった。
試験管の中の回虫のように養分だけが吸い取られ、
使い古され、捨てられる。
そんな人生の末路は目に見えていた。

自分の仕事で誰かが幸せになったとは思えなかった。
誰かが救われたとも思わなかった。

結局、会社員として働くということは、
日本経済という大きな歯車の中の、
小さなかじ取り役の一つになるということにすぎない。
膨大な資源を消費し、日本のGDPの一億分の一ほどに貢献する。
だが、これで誰かが豊かになったのだろうか。
自分は誰かを幸せにしたのだろうか。

仕事をやめる決心をしてから、
まもなくタイへ行こうと思った。

2004年12月26日、世界を震撼させた
インド洋津波被害の痕跡を自分の目で確かめるためだ。
自分の退職とたまたま期を同じくしたこの津波災害は、
自分の人生にぽっかりとあいた大きな穴を埋める
何かのきっかけのように思われた。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「何か私たちに今できることはありますか?」

ニュースキャスターの質問に評論家は答えた。
「お金が必要なんです。こういうときはとにかく寄付が
一番効果的なんですよ」

たしかに寄付が大切であることは疑いようがない。
自分もこれまでことあるごとに寄付をしてきた。

実際、寄付は自分の仕事に対する気持ちを
いくらか前向きにしてくれた。
働いた分のいくらかを寄付にまわすことで、
世界の貧困や飢餓の解消のために役立っていると
思うことができた。
大企業の営利追及のためではなく、
世界で本当に困っている人たちのために働いているんだ、と。

結局、会社からぶんどった残業代を寄付へまわすことは、
ろくな使途をもたない大企業のお金を、必要としている
人たちに再配分しているという点において、
自分にはまったく正しい選択であるように思われた。

だが、お金だけあげて果たして十分なのだろうか?

新潟中越地震では寄付金もたくさん集まったが、人手も
たくさん集まった。20年前の阪神淡路大震災の教訓を
経て、全国各地から集まった有志のボランティアたちが
実に迅速かつ円滑な復興支援をくりひろげた。

だが、海外での出来事となるとどうも勝手が違う。
自衛隊の緊急医療部隊やNGOなど強力な資金源を
もつ一部組織の活躍は目立ったが、個々人の活動についての
話はあまりきかない。
これだけ世界が小さくなったのだから、私たちにできる
ことはもっと他にあるのでは?

自分が寄付したお金がどう使われているのかも
見てみたかった。
世界中から集まった莫大なお金は果たして有効に
使われているのか?
世界の人々が援助の手を差し伸べたという事実は
現地の人々からも理解されているのか?

援助の仕方は、いろいろある。
お金を寄付するのも一つ。食糧や医療器材を届けるのも
一つ。災害現場で汗水たらして救援活動を行うのも一つ。
その他、被災地の子供たちに激励のメッセージを送る、
あるいは歌手が
「この曲を被災された人々にささげます」
というのも、立派な支援方法だろう。

自分のように、モノを書くことによってしか
自己表現できない人間は、こうやってモノを書くしかない。

そのためにも、津波被害の現場を自分の目でたしかめ、
書くことを通して、自分のみたこと、聞いたことを伝えていく、
新聞やTV等のマスコミが伝える第一報とは異なった視点と
深さで掘り下げていく。
そういった情報も無駄ではないだろうし、
たとえ今回のタイ訪問で具体的な貢献ができなかったとしても、
そこでの経験は今後の自分なりの視点となって
活きてくるはずだ。

外国人がモノ珍しさに被災地を訪れるということが
どれだけ非常識か、その点が最後まで気がかりだった。

現地の人々の気持ちに配慮しつつ、自分の目と足をつかって、
できる限りたくさんのことをみてこよう。

大津波発生から1ヶ月強が過ぎた2月初旬、
バックパックにありったけの荷物を詰め込み、
一人タイへ向けて出発した。



 


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