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なんにもない!(EVERYTHING GONE)
〜タイ・インド洋大津波の痕跡を訪ねる旅2005〜
thailand
まえがき 旅のルート バンコク プーケット ピピ島 クラビ カオラック あとがき
◆クラビ Krabi
11.託児所のオープン
≪寄付金によって建てられた津波孤児らの養護施設≫
朝、クラビ市内にある
NGO「ハイピピ」の事務局へ。
ハイピピでは、いま津波で親を失った子供たちの
ための託児所を設立準備中だ。
「あとは明日子供たちがたくさん来てくれるのを
待つだけさ」
そう説明してくれたのはハイピピのナンバー2、
ラー(タイ)だ。
託児所建設のアイディアは、ラーと奥さんの
みちよさんが提案したものだという。
「津波の被害にあって悲しんでいる子供たちの
面倒をみてあげたい」
保母さんも勤めたことがあるというみちよさんの
そんな願いから始まった児童養護施設の設立。
オープンを明日に控え、ボランティアスタッフが
最後のペイントを入念に施していた。
12.待つことしかできない
≪お土産用の石鹸を掘る男≫
対岸の町クラビにある仮設住宅を訪れた。
津波のあと、こちらで生活をしているのは
25家族(88人)。プレハブかと思いきや、
わりときちんとした建物で、島民たちは
生活していた。
ただ政府からの援助は乏しく、支給された
お金も津波発生から1週間後に受け取った
B2000のみ(タイ人の2週間分の生活費に相当)。
最大の悩みは仕事がないことだという。
多くの島民が所有していた家や店を失った。
漁業関係の人たちは津波でボートを失った。
仕事をはじめようにもはじめられる状態でない。
「私たちは政府を待つことしかできないんです」
島でツアーガイドをしていたというジャンは
途方に暮れた表情で空を見上げた。
13.家族
≪一命をとりとめたギップくん。
若い両親の表情にも笑みがこぼれる≫
津波のあと、交通事故に合い、一命を取りとめた
ギップくん(6歳)が入院しているという病院を
訪れた。
彼ら一家の治療費(入院、手術費等)には、私たち
ボランティアスタッフがキャンペーン活動で集めた
お金の一部が使われている。
ギップくんは、すっかり元気を取り戻していたようだった。
島を訪れ、募金してくれた人々の助けがなければ、
ギップくんは間違いなく助からなかったといわれる。
危機をなんとか乗り越えた家族の幸せそうな顔が
印象的だった。
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