genmacha.com
travel essays, photos, etc.



インドネシア探訪記2006

タイ津波ボランティア体験記2005

ドミニカ共和国再訪記2003

コスタリカ・中米旅行記2003

TRAVEL PHOTOS 

日本写真紀行 

自己紹介

メルマガ

リンク

ゲストブック


インドネシア探訪記2006

indonesia 旅のルート > ジャカルタ > ジョグジャカルタ > バリ島


◆バリ島 Bali

★性欲と禁欲が渦巻く町

バリの海はどこまでも青かった。
目を閉じて、海のさざなみに耳を傾けていると、
すぐ耳元まで波が押し寄せてくるような錯覚に陥る。

ジョグジャを離れたあと、ぼくはバリ島のまでやってきた。
ここクタは、バリにはじめて来たサーファーたちが
発見した「楽園」だとされる。
バリ島のリゾート開発が始まった場所でもある。

だが、リゾート開発が行き過ぎてしまったのか、
クタはいまでは現地の人たちも敬遠する街と
なってしまった。性欲と金欲が渦巻き、
外国人相手にお金を騙し取ろうとする詐欺師や、
日本人の女性をモノにしようとする「ジゴロ」
などでいっぱいだ。

街を歩いていると、「葉っぱ」「マリファナ」
「くすり」など、勧誘がしつこい。
街のタクシードライバーは例外なく、
「女」を売りつけようとする。しかも、どこで日本語を
勉強したのか、卑猥な俗語を交えて、
流暢な日本語で話しかけてくるから、かぎりなくウザイ。

ぼくがこのクタという街を嫌いになるのに
半時とかからなかった。
最初に入った店の店員からして、ジャカルタや
ジョグジャでは見ないほど失礼きわまりない態度だった。
ホテルの受付スタッフも、「また日本人か」というような
侮蔑した態度がにじんでいた。

ぼくは1分おきに話しかけてくるウザイ男どもを
払いのけながら、クタの街を2日間歩きつづけた。
2日も滞在したのは、クタのビーチがとにかく
きれいだったからだ。とくに夕日が暮れるころの海岸は、
一日の終わりを感じさせるような哀愁に包まれていた。

だが、それだけだった。ぼくは3日目にこの街の
廃頽ぶりに見切りをつけ、クタからバスで
2時間ほど行ったところにあるパダンバイ
という島東部の漁村へ向かった。

ぼくはまっとうな人間の住むバリを見てみたかった。


≪夕暮れ時はクタが最も美しく輝く時間だ≫


★旅の終わりに


≪パダンバイの港は海も空も透き通るように青い≫

「あれを見てごらん」

海を一緒にもぐっていたインドネシア人の
ダイブ・インストラクターがぼくに合図した。
指を指した方向に目をやると、かすかに
明るい海の底にまったく動かずに
静止しているその動物はいた。

サメだ。

体長が2mはあろうかというその灰色のサメは、
大きな目を光らせた。そしてぼくたちが近づく気配を
察知すると、煙をまくようにその場を去っていった。

その一瞬の光景にぼくはなんともいえない
衝撃を覚えた。海の中で本物のサメと
対峙できるということに、感動を通り越して、
畏敬のすら感じていた。

そう、ここは海の動物たちの世界なのだ。
スキューバという道具の助けを借りて、
海の中の世界をちょっとだけ見せてもらえる。
だが、ここではあくまでも人間は
招かざる客。本来いるべきでないところに
いるのだ。

海にもぐるたびに、いつもそんなことを
考えさせられる。

-------------------------------------

パダンバイはクタに比べて、はるかに
のんびりした落ち着いた村だった。
観光客相手のビジネスで成り立っていると
いうことは変わらない。だが、村の人たちは
素朴で、穏やかな人たちが多かった。

バリを発つ最後の日、ぼくはパダンバイの
町を散歩した。ときおり、観光客を乗せた船が
やってくるのを除けば、この漁村では
ゆったりとした「島時間」が流れる。

ぼくはこの村の食堂で安いソバを食べ、
地元の人たちと会話を交わし、そして子供たちと
遊んだ。バリが観光化されているのは
間違いないが、それでもこの村の人々は観光客と
比較的良好な関係を維持しているように思う。

ジャカルタ、ジョグジャ、バリと巡るなかで、
ぼくは旅の途中で出会った人たちのことを
思い返した。皆それぞれに「インドネシアらしさ」を
抱えながら、他とはちがう独自の文化を生きている。

そんなインドネシアの多様性にひたすら
圧倒されつつ、もっとこの国を見てみたい、という
思いにいつしかぼくは駆られていた。


≪パダンバイで出会った少女たち≫


  top


©2007 genmacha.com. All rights reserved.